綴り帖
日記主体のブログとは別に、まとまった、時にはまとまっていない考えや思う事を書きます。
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人間関係
「人から確実に嫌われる方法、それは誰からも好かれようとする事だ」
という言葉を聞いた事があります。

信じているわけではありませんが、同じように考えると、

「全ての人を大切にしようとする事は、確実に誰かを傷つける」
のかもしれません。

もしそうだとするのなら、人との繋がりの中で生きるというのは、なかなか大変そうです。


自省
疲れ気味の時は、自分で「いかんいかん」と気づく事が多くなります。
自分の好きでない見方で物事を見てしまいそうになる、もしくは見てしまっている自分に対してです。


その行動の理由ではなく、行動そのものに目がいってしまう事。

してもらった事を当たり前に思い、自分の思い通りにならない事だけに捉われてしまい、前者を忘れてしまう事。

自分にとって都合の良い悪いが判断基準になってしまう事。


常々避けたい、と思っている事です。


価値観というものがある以上、どれだけ無理をしても判断の基準は自分になってしまいますが、譲れない時、場面を除いては、むやみに自分の価値観というものを晒したくはないな、と思います。

他人の価値観を受け入れる、というのは主観を脇に置く事でしょうか。
どうにも受け入れにくい価値観というものもあります。
が、そういう時こそ、主観を脇に置く努力をしたい。
いつかは努力が必要なくなれば理想的。

が、そうは思っていても、まだまだ未熟者です。


大抵、こういう時は呼吸が浅くなっているものです。
ゆっくり、一息一息を確認して、まずは自分らしさと、自分らしさに捉われない自分のバランスを取り戻します。

▲ 2007-07-31 未分類 コメント : 7
自信
自信なんて、いらないのかもしれない。

自信は、ややもすれば慢心に繋がる。
自分が正しい、と心から信じてしまうと、自分を疑う事を忘れ異なる他を受け入れる事を忘れてしまう。

不安である事。
自分が正しいか、不安であること。
自分の能力に不安を持つ事。
自信を持つ事以上に大切である気がする。

例えば、95%の確率で患者を救える医者がいるとする。
そこで、「自分はほぼ100%の確率で患者を救える」と思うか、
「自分はまだ5%の確率で患者を救えない」と思うか。

大切なのは、不安の質。

自分の例では、自分がバスケのシュート練習をする理由。
昔は、シュートが届くか不安だったから。
それが、成功確率に不安があるから、と変化し、
ジャンプの高さに不安があるから、
リリースの早さに不安があるから、
試合の中で確率が変わる不安があるから、
と変わっていった。

不安である事に変わりはない。
けれど、その質は異なる。
不安は、自信以上に自分をステップアップさせた。

もちろん、その不安を隠し、自信があるフリをする事も大切。
試合の中でシュートを打つ時は、不安を自分の横にどける。
医者が現場で不安である事を呈したら、それはプロフェッショナルではない。

所詮、自信なんて自分に対する自分の評価。

自分を疑い、不安を認め、それを克服するために精進する。
必要な時には、それを自分の外に置く事ができる。

これが理想かな、と思う。





武士道
この言葉を知らない人はいないでしょう。
では、武士道とは?と聞かれて答えられる人はどれだけいるだろう。
かく言う自分も、「古き時代に培われた日本人としての道徳規範」という漠然としたイメージしか描けませんでした。




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生き方
「損をして生きろ」

いつ、どこで頭に入ってきたのか、もしくは頭に浮んできたのかも覚えてませんが、時々、思い出します。

損をして生きる事。
これが美徳だとする生き方は、とても潔い気がします。

簡単な事ではなさそうです。
ですが、少なくとも、真逆を美徳とする人生は送りたくないですね。

なにか、理不尽な事が起きた時や、自分だけが損をしているような状況になった時に、思い出すといいかもしれません。


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