綴り帖
日記主体のブログとは別に、まとまった、時にはまとまっていない考えや思う事を書きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

会話
「会話の8割は他人の話」

と聞いた覚えがあります。
正確な情報とは言い切れませんし、いつどこで聞いたかも覚えていませんが、出鱈目とも言えないのではないでしょうか。

では、その8割の中身は?

日常生活や、トレーナールームでの会話で気になります。
「なんで、その話をその人にする?」
と。

例えば、Aという人について全く、あるいは余り情報を持っていないBという人に、Aの印象が悪くなる話をする。
例えその話が本当であったとしても、フェアではない。

ここで、Bという人がこの先Aという人と関わらないのならば、問題はないと言えるかもしれません。
が、自分が目にする、耳にするケースは大抵そうではありません。

人の悪口、陰口を言っている人をみると、
その裏に、

「あいつの印象を悪くしてやろう」
「こんな事をしたヤツを批判している自分は正しい立場にいるんだ」

という影が見える気がします。
ミニクイ、です。

Aという人に対して悪い印象を持っているBとCが、二人だけでAを悪く言っている分にはいいんです。
勝手にどうぞ、と。

良い話だけを選んでする、というのも不自然ですし。

かくいう自分も、
「今の話はする必要はなかったな」
と思う時がたまにあります。
他意はなくても、起こった出来事を話しただけで、ある人の評価を下げてしまう可能性がある事に気づかなかったりした時です。

考えすぎると、喋れなくなってしまいそうですが。

スポンサーサイト
最悪なことは、そう起こらない
「宇宙に飛ばされた犬に比べれば、僕はましだ」

この台詞を聞いたことがある人はいると思います。
映画、「My life as a dog」の主人公の台詞です。

嬉しくない事、悲しい事、辛い事、苦しい事。
生きていく上ではどうしても避けられません。


もちろん避けれるものなら避けたいけれど、実際には、それを乗り越えていく、消化していく術を身につけるのが賢い選択でしょう。

僕自身、上記のような出来事が起こった場合にまず考える事は、

「大丈夫。これは最悪じゃあない」

です。

世の中には、想像すら出来ない悲劇がゴマンとあるでしょう。
それに比べたら、大抵の事は、それが自分の望むものではないにしても、ラッキーとすら言えるんじゃないかな。








上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。